leemiyeonのブログ

在日韓国人です。10歳の事故で今は車椅子ですが、楽しく生きたいをモットーに日々奮闘しています。

白馬の王子様

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世には、「白馬の王子様症候群」なる言葉があるらしい。

とするなら、私は、まさしく、年齢を重ねた今も、いつか王子様が目の前に現れるかもしれないと密かな期待を抱く「白馬の王子様症候群」にあたるだろう。

 

なに?結婚して素敵な旦那様に会えたのではないか?と知人や友人が私に疑問を抱くかもしれないが、元々私には幼少期から結婚願望はなく、事実婚だろうが、同棲であろうが、パートナーや恋人で一生を終えてもいいという考えを持っていた人間だ。それは、自分の両親を目の当たりにして、結婚に対する期待・希望など、いつの間にか薄れてしまったから。

じゃあ、なぜ結婚したの?と言われれば、それは、私が男というわけではないが、難病の主人の両親に同棲生活では申し訳なく、またクリスチャンの仲間に籍を入れて、互いに安心した形で手に手を取り合って生きていった方がいいと言われたため、責任を果たさなければならない、中途半端にするといつでも彼の難病ゆえに私が逃げると思われるかもしれないと考えたからだ。元来、私は、人に尽くすタイプだ。そのおかげで、主人の前に付き合っていた男性には悉く裏切られ、悲惨な目に遭ったが...。

男で言うなら、責任感とでも言おうか。もちろん、主人を愛しているし、一生添い遂げようという気持ちはある。しかし、人間に絶対はない。主人が、もしくは私に何が起きるかわからない。彼に好きな人が、あるいは私に好きな人が仮にできるとも限らないし、金の切れ目が縁の切れ目もある、また、重度の病気を私がした場合に、彼には背負いきれないであろう。だから、身軽な方がいいと思っていた。とはいえ、結果的に、結婚した。

 

そんな私でも、キャリアウーマンとして働きたい、恋愛は二の次と考えていた幼少期から、白馬の王子様の幻想はなぜかずっと抱き続けていて、未だに消えることがない。結婚願望のない私にも、それを翻すだけの包容力のある安心して自分をゆだねることができる男性が現れるのではないか?と密かに思っている節がある。

 

こう書くと、今の主人はどうなの?と思うかもしれないが、私は専ら守られるより守る、尽くされるより尽くすタイプのため、正直守ってあげたいという男性に幾度となく出会っても、結果守られたことがない、主人の場合は、身体のこともあるため、互いに協力して生きているというのが現状だ。そんな中で、幾度も言われた、寂しそうな顔を時に見せる私を守ってあげたいという男性の言葉を思い出しながら、そういう人と一緒になっていたら?という一種の幻想を抱き続けている自分がどこかにいるのかもしれない、つまり、自分には全く違う人生、シンデレラのような人生が待っているのかもしれないという幻想をやめられない自分がどこかにいるわけだ、精神的には子供のままなのであろう。

 

映画や小説に出てくるような燃え上がる、そして人もうらやむような人生、これ以上何を望むというのかというほど、幸福に見える人生も、果たして結末はわからない。結局、人間というものは、隣の芝生は青く見える生き物である。

 

でも、せめて好きなアーティストに、白馬の王子様を重ねさせてくれ。

ごめんね、ひろ、欲深い私を許してね(主人に承諾済み)。